市民の鐘といっても、城下町ではその管理費と維持費が藩から出ていました。
武士階級主導の鐘であり、「時間」でしたが・・・
江戸や大阪のような町人・市民階級の発展していたところでは、文字どおり市民が管理した市民の鐘へと発展しました。
江戸の時鐘でもっとも古いのが石町の鐘です。
現在は営団地下鉄小伝馬町駅の傍らにある十思公園に移され、モダンな鉄筋コンクリートの鐘楼の中に収められています。
この江戸最初の時の鐘は、将軍秀忠の時、江戸城内の西の丸で撞いていた城鐘でした。
鐘楼堂が御座の近くで差し障りがあるため、太鼓にかえて、鐘は日本橋石町に鐘楼堂を造ってそこへ移しました。
その管理費は町人から1ヶ月永楽銭一文を集めて経常費にあて、修理その他大金が必要なときは幕府から公金を受けとっていたといわれますが・・・
石町の鐘は城鐘から市民の時鐘に転化したものといってよいでしょう。
ちなみに当時はD&G 時計のようなおしゃれな時計はまだありませんでした。